日本の発酵工業


1956年には、コリネバクテリウム属や、ブレビバクテリウム属などの細菌によって、グルタミン酸の生産技術が協和発酵グループによって開発されたことがあります。


この技術は海草より出発し、小麦蛋白であるグルテンを加水分解し、生成したアミノ酸類からグルタミン酸を抽出する生産システムとはまったく異なっていました。


しかもこの発酵技術は原料コスト(廃糖蜜など使用)や微生物のもつ生産性向上などを考慮すると、従来技術はまったく太刀打ちできないものでした。


さすれば当時、協和発酵と味の素との間での特許係争はすさまじいものであり・・・


このような出来事を経ながら、日本の発酵工業は大発展したのです。

昔のゲーム 3

古代の伝統的なゲームは、いずれも近代スポーツの原点とでもいうべきものです。


しかし、当蒔と現代の身体活動様式には、少なからぬ差異がみてとれます。


近代スポーツへと進化した伝統的なゲームは、新しい機能をもち・・・


かつてそれが帯びていたのとは異なる意味を託された、別の活動を誕生させるまでになりました。


そこではスポーツを、さながら脳の構造のように、パレオスポーツ(太古スポーツ)、アルケオスポーツ(古代スポーツ)、ネオスポーツ(新スポーツ)といった層が重なり合う、一個の集合体として考えなければならないのです。


かつては、これまで述べてきたのとは異なる身体鍛練も行われていました。


今日の砲丸投げと関わりをもつ耕ームである重石投げや、部隊を効果的に配置できるようにするため、君主たちによって奨励された弩や弓の射的といったものです。

算命占星学

朱学院算命塾の算命占星学について。

まずは朱学院算命塾側の言い分を聞いてみましょう。

和泉氏は天中殺に関する本を二冊著しています。

いずれも天中殺の由来についてははっきりとは言っていません。

しかし、その本の巻頭言に、和泉氏の先生である朱学院宗家の高尾義政氏による次のような記述があります。

天中殺の故郷は古代申国の股帝国であり、そこに栄えた股文化の陰陽理論であります。

また、高尾氏自身の本にも、次のような記述があります。

天中殺そのものの概念はもっとずっと古く、4500年ほど前に確立された算命学の中にすでにあらわれています。

電話での占いはココからどうぞ。

昔のゲーム 2

領主や王たちも闘いました。


いったん戦争となれば、《レスリングの上達具合が、時には実戦経験の欠如を補うほど重要なものとなった》のです。


・・・事実、しばしば住民たちは取っ組み合いで闘いました。


ほかに、槍的というゲームもありました。


槍を抱えた騎士が全速力の馬の上から、柱につり下げられたエキュ貨の標的を突くもので、これは最終的に騎馬槍試合への準備訓練となりました。


しかし、実際には何の危険も伴わなかったため、騎士の武芸から離れ、農民たちのゲームとなっていきました。


さまざまな国でみられるかなり似通った形態のゲームは、どうやら特定の土地で生まれ、やがて多少とも形を変えながら、別の地域に移っていったようです。


これについて、H・ジルマイスターは、ピカルディ地方起源のゲーム「カシュ」・・・


フランス全土では変化してポームとなったーを例にとって説明しています。


この著者によれば、カシュはオランダやイギリス、ドイツ、スペインへと移住し、スペインから南米へと向かっていったといいます。


昔のゲーム

イタリアでは「カルキオ」というスポーツが行なわれていました。


『体育術』の著者であるメルクリアリス(1530~1606年)は、このゲームについて、呼称が足を指す名詞カルキオに由来すると記しています。


イタリア人たちが足でこれに興じていたからです。


とりわけ若者たちに喜ばれていたものとして、ほかにクロスがあります。


スティックの下端に曲がった木片をつけ、これでボールを捌くもので、おそらくはゴルフやホッケー、ペルメル、クリケットなど、数多くのゲームの原型でした。


たとえば、ぺーテル・ブリューゲルの一連の農村画や、15世紀のフランドルの「月暦画」などに描かれたものがこれです。


きわめて人気の高かったスポーツとしては、さらにレスリングがあります。


これはとくにブルターニュで盛んであって、そこでは日曜日の午後ともなれば、村の広場で住民たちの闘う姿がみられたものでした。


わびしい食事とテレビの絵 3

「父母姉弟で食事がしたかったけど、結局は夢で終わるのだ。


もう一回生まれ変わるときは、みんなで食事がしたい。」


・・・と作文に書いた子が描いた食事の絵は、パンと牛乳だけで、人がいませんでした。


問題を起こした児童の食生活調査をまとめてみて感じたことは、その実態が、予想以上に悲惨であったことです。


しかし、彼らの心の奥のさみしさに胸をしめつけられた次の瞬間、わたしをギクリとさせたのは、彼らの描いている風景は、どこの家庭でも、じつに日常茶飯事として、当たり前に見られる風景ではないか、ということでした。


町に出て見れば必ず行き当たるファーストフードの店、そこにむらがる子どもたち。


林立する清涼飲料の自動販売機。


普通なら夕食どきの時間なのに、町をうろつく子、塾のかばんを下げて電車に乗る子・・・


いまの子どもたちは、みんな非行児予備軍だ、といっても言いすぎではありません。

わびしい食事とテレビの絵 2

さびしさを紛らわすものが、イヌやネコ、小鳥ではなく、無機的な音と画面をうつろに流しているテレビなのです。


まだ入所したばかりで、"ツッパリ"が消えず、


「家族と食べても面白くない。友達と外食で好きなものを食べるのがいちばん!」


・・・と肩をいからせている彼女も、その実、彼女の絵には友達の姿はなく、やはりひとりぼっちです。


友人と外食したいという彼女に、本当の友達がいたのでしょうか。


反対に、


「ぼくは一回でいいから、家族と食事したり、旅行がしたい」


と作文に書いた12歳の男の子の家庭は、両親の離婚によって崩壊。


この子は姉との二人姉弟で、いまは祖父の家にあずけられています。

わびしい食事とテレビの絵

問題を起こした子どもたちが保護されているある施設で、その子どもたちに絵と作文を書かせてみました。


すると、どの子が描いた絵に共通していたのは、たったひとりの食卓ということです。


そこに描かれているものには、家族だんらんのあたたかい食事風景はなく、ある子はカップラーメンをひとりですすり、またある子は、てんやものの丼を抱えていたり、あるいは母親が蒸発してしまったさみしい家庭で、父親と市販のお弁当を開いているわびしい風景です。


絵と作文を対比してみてみると、いかに彼らが幼いときからさみしい食事時を重ねてきたかがよくわかるのです。


そして、もうひとつ気になったのが、食事の内容の乏しさに加えて、テレビというものの存在の大きさです。


彼らの絵のなかには、ほとんどテレビが描かれていました。


テレビをみながらひとりで食事をしているか、あるいは、テレビの前に寝そべって食べています。

非行にはしる原因は・・・・

わたしはよく、「子どもを非行にはしらせる原因は」と聞かれることがありますが・・・


非行のメカニズムをケースに即して解明し、すぐに解答を引き出すことは、大変やっかいです。


というのも、親、兄弟の間で起きる家庭内の家族間緊張、学校や社会での友人や教師から受ける影響、それらを含む社会的環境という大きなフレームで考えていくと、非行という行動は、さまざまな因子が複雑にからみあってその原因がつくられているからです。


もちろん、年齢による社会性の度合いによっても異なります。


したがって、その行動には個人差があり、類型的な結論は下せません。


らだし、幼・少年期においては、家族社会の影響が非常に大きいということだけは、だれも異論のない事実です。


だとすれば、家庭生活の一体どこにその因子が潜んでいるのでしょうか。

日本農業の国境調整関税と非関税障壁 2

いずれにせよ、それは価格メカニズムの質的修正であり、関税とは異なってなんらかの人為的・主観的選別原理が入り込まざるをえないことを確認しておけば十分でしょう。


非関税障壁の運用にさいして、輸入数量、輸入先、輸入業者への割当、売渡価格(実質関税率)などをめぐって、一定の統制原理が作用することになるのです。


ところで、農産物貿易の場合、工業製品に比べて非関税障壁のウエイトが格段に高いですね。


農産物の国境調整は非関税障壁を中心に組み立てられているといっていいし、そこにまた農業の特殊性があります。


・・・とするならば、それは日本農業の場合どうなっているのでしょうか。


いいかえれば、日本農業の国境調整は具体的にはどのように組み立てられ、それは他の先進国に比べてどのような特徴があるのでしょうか。


また、それを規定したのはどのような条件であり、その運用をめぐってどのような問題があるのでしょうか。